箱は半分だけ詰め終わり、部屋の声がよく響き、その先にはまだ開けたことのない扉がある。引っ越しは、人生でありふれていながら大きな出来事のひとつです。そして引っ越しの夢は、実際には何も動いていない時期にこそ訪れ、わくわくする気持ちと、何かを失うさびしさを同時に残していきます。

夢の場面 古い書物の読み 出典
新しい家に入る 遠くへ行く 『夢判斷實驗書』
他人の新しい家に移り住む 吉 『周公解夢』
傘なしで雨にあう 家を移すことがある 『夢判斷實驗書』
引っ越しの準備をする 引っ越しの項目はなし。旅行鞄を詰める夢は楽しい旅 ミラーの夢事典
実家に引っ越す 項目はなし。昔の家を訪ねる夢はよい知らせ ミラーの夢事典
壊れかけた家に引っ越す 美しい妻を得る 『周公解夢』

夢占いの古典では、引っ越しの夢はどう読まれてきたのか

明治の夢判断書、柄澤照覺の『夢判斷實驗書』(明治41年)には、引っ越しそのものの項目はありません。いちばん近いのは家の章にある「○新たなる家に入るとみれば遠方に行くの兆」で、新しい家に入る夢を遠くへ行くしるしと読み、吉とも凶とも書いていません(国立国会図書館デジタルコレクション、コマ43、58ページ)。おもしろいことに、この本で「引っ越し」は、夢の場面ではなく、ほかの夢が告げる出来事として何度も現れます。「○雨に遇ひて傘なしと見れば家を移すことあるべし」(19ページ)、「○足袋の新たなるをはくとみれば住所を移すことあり」(48ページ)。雨に降られる夢や新しい足袋の夢が、住まいの変化と結びつけられていたのです。

中国の古典『周公解夢』は、引っ越しをいちばん具体的に読んでいます。「遷入他人新宅吉」、他人の新しい家に移り住む夢は吉。「風吹屋動主遷移」、風が吹いて家が揺れる夢は転居のしるし。そして「搬移破屋主美妻」、壊れかけた家に引っ越す夢は美しい妻を得るしるしだというのです。

西洋の書物は、引っ越しにずっと悲観的でした。米国の夢占い本『黄金の輪』(1862年)は、住まいや店を移す夢を、どんな事情であれ貧しさのしるしと読み、ミラーの夢事典(1901年、米国)は、住まいを変える夢を慌ただしい知らせと急な旅と読みました。書物どうしの読みは食い違います。以下では場面ごとに紹介し、そのうえで心理学の見方を添えます。

引っ越しの前

ここで紹介するのは古い夢の書物の読みで、歴史として伝えるものです。夢は未来を予言しません。

引っ越しの準備をする夢の意味は?

いくら詰めても終わらない段ボール、次々に服が出てくるクローゼット、もう表で待っているトラック。家の荷造りをする夢の項目は、このページで引く書物にはありません。いちばん近いのはミラーの夢事典の「旅行鞄(Trunk)」の項で、鞄に荷物を詰める夢を楽しい旅のしるし、中身が散らかった鞄をいさかいと不満の残る急な旅のしるしとしました。心理学では、荷造りは選別として読まれます。古い暮らしの何を持っていくのかを決める作業です。終わらない荷造りの夢は、決めたのにまだ動き出せていない変化に重なることが多いのです。

どこへ引っ越したか

新しい家に引っ越す夢の意味は?

がらんとした部屋、新しい塗料のにおい、カーテンのない窓から差す光。『夢判斷實驗書』は新しい家に入る夢を遠くへ行くしるしとし、『周公解夢』は他人の新しい家に移る夢を吉としました。ミラーの夢事典も、立派な家を持つ夢を、今の家を離れてよりよい家へ移るしるしと読んでいます。心理学では、新しい家は自分の新しい並べ方です。まだ暮らしていない部屋、余白の残った生活を表すと考えられます。

実家に引っ越す夢の意味は?

昔の自分の部屋、出て行ったときのまま押し入れに残る持ち物。実家に戻って暮らす夢の項目は、このページで引く書物にはありません。ミラーの夢事典は、昔の家を訪ねる夢をよい知らせ、そこが明るく居心地よく見える夢を今の家庭の和やかさと読みました。心理学では、子どもの頃の家は、そこで形づくられた自分を表すとされます。大人になってからの状況が、子どもの役、みんなの世話をする役、まだ自分で決めることを許されない役を呼び起こすときに見やすい夢です。

引っ越し先が狭い・汚い夢の意味は?

着いてみると、新しい部屋は狭く、湿っていて、崩れかけている。『周公解夢』は壊れかけた家に引っ越す夢を美しい妻を得るしるしとし、見た目とは逆の読みを当てました。一方、『夢判斷實驗書』は「○家の破れたるをみれば衰運の兆」と書き、荒れた家を見る夢を運の衰えと読んでいます。心理学では、多くの場合、先回りした落胆の夢と考えられます。いま進めている変化が、思っていたより小さく、みすぼらしいものになるのではという不安です。

心理学では、引っ越しの夢をどう読むのか

ユング自身が見た、何層にも重なる家の夢は、彼の心の地図をかたちづくりました。心理学ではいまも、夢の中の家を自分自身として読みます。知っている部屋は生きてきた暮らし、まだ入ったことのない部屋は、まだ使っていない力です。この読み方では、引っ越しは心の住所が変わることを意味します。ひとつの暮らし方が終わり、次の形がまだ見えない移行の時期、たとえば転職、新しい恋愛やその終わり、子どもの独立のときに現れやすい夢です。

夢の中の気持ちは、変化のどちらの面に目が向いているかを教えてくれます。楽しく荷ほどきをする夢は、望んでいる変化に寄り添います。終わらない荷造り、運ぶ途中でなくなる荷物、違う住所に着いてしまう夢は、受け止めきれない速さで進む変化に寄り添うことが多いのです。そして古い家へ戻る夢は、早くに形づくられたものが今も自分の役に立っているのかを問いかけます。

心に留めておきたい問い

次の暮らしへ段ボール箱ひとつ分しか持っていけないとしたら、何を詰めて、何を置いていくでしょうか。


『周公解夢』は新しい家への引っ越しを吉と読み、西洋の古い書物は貧しさのしるしと読みました。けれど、引っ越しの夢がなぜいつも二十代に住んでいた部屋へ戻っていくのかは、古い書物には書かれていません。手がかりは、記録して並べた自分の夢の中にあります。Dreamlockは、iPhone向けのプライベートな夢日記アプリで、App Storeで配信中です。吹き込んだ夢を絵にし、同じ家が何度も現れることにも気づきます。未来を占うことはしません。