台所の明かりをつけた瞬間、黒いものが冷蔵庫の下へ走り込む。ゴキブリの夢が目覚めてからも妙に残るのは、本物のゴキブリと同じ理由かもしれません。すばやく、隠れ、また戻ってくるからです。そして意外なことに、古い夢の書物は、この虫をほとんど取り上げていません。

夢の場面 古い書物の読み 出典
ゴキブリ 弱い敵 ナーブルスィーの夢解釈書ほか
家にゴキブリが出る ゴキブリの項目はなし。床に蟻が集まる夢は「凶」 『夢判斷實驗書』
ゴキブリが体を這う ゴキブリの項目はなし。背中を虫が這う夢は利益 『夢判斷實驗書』
ゴキブリが体を這う 体を虫が這う夢は病が癒える 『周公解夢』
ゴキブリを殺す ゴキブリの項目はなし。蚊を打って手に血がつく夢は人に害される 『夢判斷實驗書』
大量のゴキブリ ゴキブリの項目はなし。蚊や蠅が山のように群がる夢は季節で読みが分かれる 『夢判斷』
ゴキブリが飛んでくる どの書物にも項目なし なし

夢占いの古典では、ゴキブリの夢はどう読まれてきたのか

まず、はっきりさせておきたいことがあります。日本の夢占い(夢判断)の古典として、このサイトが引く明治の二冊、柄澤照覺の『夢判斷實驗書』(明治41年)と、中国の『夢林玄解』を和訳した『夢判斷』(明治39年)には、ゴキブリの項目がありません。古い呼び名の「油虫」でも見当たりません。中国の古典『周公解夢』にも、ゴキブリにあたる項目はありません。蟻や蜂、蠅や蚊には細かい読みを残した本が、台所のゴキブリには一行も割いていないのです。

ゴキブリを夢の項目として読んでいるのは、イスラームの夢解釈の伝統です。1659年に書き上げられたナーブルスィーの夢解釈書『タアティール・アル・アナーム』は、ゴキブリに短い一行だけを当て、夢の中のゴキブリは「弱い敵」を表すと書きました。イブン・スィーリーンの名で伝わる夢解釈書『ムンタハブ』も同じ読みで、ゴキブリを家の中の小さな害虫の仲間に入れています。すぐ隣に置かれたシロアリは、家の布地を少しずつ盗んでいく使用人として読まれています。どちらの本も、場面や色、数には触れていません。ゴキブリは敵ではあっても、恐ろしい敵ではないのです。

西洋の本も同じように沈黙しています。ミラーの夢事典(1901年、米国)は一万近い夢を並べた本ですが、ゴキブリの項はありません。いちばん近いのは「虫(Bugs)」の項で、ミラーはこれを日々の暮らしに起こる不快なもつれと読みました。変わり種は南イタリアのナポリで、宝くじの数字を夢から選ぶ「スモルフィア」の表、ルーメオの『新スモルフィア』(1866年)は、ゴキブリに30という数を当てています。ただし、その表は数字に吉凶を添えていません。

ですから、「ゴキブリの夢は金運」「裏切りの前触れ」といった読みを見かけたら、それは古い夢の書物の引用ではなく、あとから作られた読みだと考えてよいでしょう。以下では、古い書物がゴキブリについて黙っているところは、いちばん近い虫の項目を借りて紹介し、そのうえで心理学の見方を添えます。

ゴキブリはどこにいたか

ここで紹介するのは古い夢の書物の読みで、歴史として伝えるものです。夢は未来を予言しません。

家にゴキブリが出る夢の意味は?

流しの排水口から、幅木に沿って、戸棚を開けた瞬間に。家の中にゴキブリが出る夢は、いちばんよく見られる場面です。ゴキブリの項目はありませんが、明治の夢判断書『夢判斷實驗書』は、家の章で「○床の上に蟻の聚まるをみれば凶」と書き、床に虫が集まる夢を家の中の病と結びつけました。ナーブルスィーの「弱い敵」も、身近にいて、害は小さいけれど追い出せない相手という像に重なります。心理学では、場所がそのまま意味になります。自分の家の台所に出るゴキブリは、私生活の内側にある、小さいのに片づかないトラブルを映すと読まれます。

ゴキブリが体を這う夢の意味は?

腕の上、枕の上、靴の中。いちばん身体的で、目が覚めてからも肌に感触が残る夢です。ゴキブリの項目はありませんが、『夢判斷實驗書』は背中を虫が這う夢を利益のしるしと読み、中国の古典『周公解夢』も「身上蟲行病患安」、体を虫が這う夢を病が癒えるしるしとしました。見た目の不快さとは逆の読みです。一方、ミラーの夢事典(1901年、米国)は、甲虫が体にいる夢を貧しさと小さな災いと読んでいます。心理学では、近づきすぎた何か、もう距離を置けなくなった苛立ちや人を表すと考えられます。

ゴキブリが飛んでくる夢の意味は?

羽を広げて顔に向かってくる、あの瞬間がいちばん記憶に残ります。飛ぶゴキブリの項目は、このページで引くどの書物にもありません。心理学の見方では、ここで大事なのは速さと不意打ちです。小さく、ゆっくりしたものだと思って脇に置いていた心配が、急に大きく動き出した感覚を映すと読まれます。

ゴキブリをどうしたか

ゴキブリを殺す夢の意味は?

スリッパで叩く、殺虫剤をかける、やっと仕留めてほっとする。ゴキブリの項目はありませんが、『夢判斷實驗書』は、蚊を打って手に血がつく夢を人に害されるしるしと読みました。虫を殺すという小さな行いが、自分に返ってくるという読みです。西洋のミラーの夢事典は反対に、甲虫を殺す夢をただ「よい」としています。心理学では、たいていは安堵の夢です。しつこい問題にようやく手をつけた感覚、ときには、少し強く出すぎたのではという後味も混じります。

大量のゴキブリの夢の意味は?

床一面が動いている。大量のゴキブリの項目もありませんが、『夢判斷』(明治39年)は「蚊や蠅が黑山になつて居る夢」を、冬と春なら吉、夏と秋なら苦労と、季節で読み分けました。群れの意味を、見た時期しだいで変えていたのです。心理学では、数は圧力として読まれます。一匹なら細部、百匹なら気分です。ひとつひとつは小さな用事や心配が、片づけるより速く積み上がっているときに見やすい夢です。

心理学では、ゴキブリの夢をどう読むのか

心理学では、虫の夢はよく「侵入」として読まれます。招いていないのに入り込み、目を離したすきに増えていくものです。ゴキブリには、そこに二つの特徴が加わります。ひとつは隠れること。見えていなくても、どこかにいるという感覚です。もうひとつは、しぶとく生き延びること。一度片づけたのに、また向き合わなければならないという感覚です。

夢の中の強い嫌悪感にも意味があります。夢の嫌悪は、生活から締め出したいもの、たとえば誰かの振る舞い、ある人、考えたくない考えを指していることが多いのです。ゴキブリを捕まえる夢や、ただ出ていく夢は、その境界を取り戻しつつある時期に見やすいとされます。ゴキブリの夢がつらい朝を何度も連れてくるようなら、信頼できる人に話してみるのもひとつの方法です。虫の夢全体については虫の夢、夜の台所のもうひとつの住人についてはネズミの夢もどうぞ。

心に留めておきたい問い

一度ならず片づけたはずなのに、また同じ場所に戻ってきている小さな問題は何でしょうか。


ナーブルスィーはゴキブリを「弱い敵」と読み、明治の夢判断書はこの虫について黙っていました。古い書物の答えが少ない夢ほど、手がかりはあなたの夢そのものにあります。引っ越す前の部屋に出たのか、締め切り前の週にだけ現れるのか。夢の意味を読むこと自体に迷いがあるなら、夢占いはやめたほうがいい?にも正直な答えを書きました。Dreamlockは、iPhone向けのプライベートな夢日記アプリで、App Storeで配信中です。吹き込んだ夢を、古い書物の読み、心理学の見方、ひとつの問いから読み解きます。未来を占うことはしません。