また机の前に立たされ、誰かがひどくがっかりしている。怒られる夢は筋書きが短く、気持ちだけが長く残ります。張り上げられた声、熱くなる顔、言いかけて出てこない言い訳。西洋の古い夢の本がほとんど触れなかったこの場面に、明治の日本の夢判断書は何項目も割き、しかも意外なほど多彩に読んでいます。
| 夢の場面 | 古い書物の読み | 出典 |
|---|---|---|
| 親に怒られる | 項目はなし。父母兄弟を罵る夢は一家の禍い | 『夢判斷實驗書』 |
| 上司に怒られる | 風邪をひく | 『夢判斷實驗書』、『夢判斷』 |
| 上司に怒られる | 下役が長官に叱られる夢は、人の力を借りて出世する | 『夢判斷』 |
| 先生に怒られる | どの書物にも項目なし | なし |
| 知らない人に怒られる | 項目はなし。知らない人を罵る夢は、欺かれ侮られる | 『夢判斷實驗書』 |
| 自分が怒る | 驚き、怒り、疑うことが起こる | 『夢判斷實驗書』、『夢判斷』 |
| 言い返す・言い争う | 吉 | 『夢判斷實驗書』、『周公解夢』 |
夢占いの古典では、怒られる夢はどう読まれてきたのか
このサイトが日本の夢占い(夢判断)の古典として引くのは、柄澤照覺の『夢判斷實驗書』(明治41年)と、中国の『夢林玄解』を和訳した『夢判斷』(明治39年)の二冊です。どちらにも、罵られる、叱られる夢の項目がまとまって載っています。
『夢判斷實驗書』は、誰に罵られるかで読みを分けました。「○目上の人に罵らるゝとみれば風邪に犯さるゝの兆」。目上の人に罵られる夢は、風邪をひくしるしだというのです。大きな災難ではなく、体の小さな、すぐ過ぎていく不調として読んでいるところに、この本らしい落ち着きがあります。一方、「○妻子婢僕等に罵らるゝとみれば人の怨みを受くるの兆」と、目下の者に罵られる夢は、人の恨みを買うしるしとされました。
『夢判斷』も目上の人と風邪の組み合わせをそのまま載せ、「長上の人に罵らるゝ夢は風邪をひく兆」と書きます。ところがすぐ後に、読みをひっくり返す一行が続きます。「帝王に罵らるゝ夢は志遂げ位に上る兆」。帝王に罵られる夢は、志を遂げて位が上がるしるしだというのです。同じ本は別の章で、役所の下役が長官に叱られ鞭で打たれる夢を「此夢は凡て人の力を藉りて立身する前兆なり」と読んでいます。叱る相手が高い位にあるほど、読みは良くなっていくようです。
中国の古典『周公解夢』(1880年刊本)は、もっと短く、もっと明るい読みです。「與人相罵者主吉」、人と罵り合う夢は吉。さらに「被罵佯顛大貴至」、罵られて狂ったふりをする夢には大いなる貴さが訪れる、と書いています。つらい場面を逆さに良く読む、古い夢解きの癖がよく出ています。
西洋の本では、ミラーの夢事典(1901年、米国)に「叱られる」の項はありませんが、近い項目が二つあります。「怒り」の項では、友人や親類に怒られても落ち着いて受け止める夢を、対立する友人たちの仲を取り持ち、長く感謝されるしるしとしました。「王」の項では、王に咎められる夢を、怠っていた務めについて責められるしるしと読んでいます。
まとめると、古い書物は怒られる夢を、悪くても小さな災い、良ければ一種の出世として読んでいます。破滅として読んだ本はひとつもありません。夢が残す気持ちは、言われた中身に比べて大きすぎることが多いので、これは知っておいてよいことです。
誰に怒られたか
ここで紹介するのは古い夢の書物の読みで、歴史として伝えるものです。夢は未来を予言しません。
親に怒られる夢の意味は?
どこにいても聞き分けられるあの口調。もう亡くなった親の声であることもあります。親に怒られる夢を読んだ書物はありません。いちばん近い一行は向きが逆で、『夢判斷實驗書』は「○父母兄弟を罵るとみれば一家に禍ひあるの兆」と書きました。心理学では、夢の中の親は、多くの場合、内なる人物として読まれます。実際の親とは別の、自分を測る物差しとしての親です。昼間、その親のルールを破っているとき、あるいは破ろうか迷っているときに、叱る声が夢に出てきやすいのです。
上司に怒られる夢の意味は?
会議室、閉じたドア、それを見ていた同僚。『夢判斷實驗書』と『夢判斷』は、どちらも目上の人に罵られる夢を風邪をひくしるしとし、『夢判斷』は長官に叱られる下役の夢を、人の力を借りて出世するしるしと読みました。ミラーの夢事典は、王に咎められる夢を、怠っていた務めへの叱責と読んでいます。心理学では、自分の能力が点検されている感覚の夢と考えられます。評価面談や締め切りの前、本人が後回しにしたと分かっている小さな仕事の後に見やすい夢です。
先生に怒られる夢の意味は?
前に呼び出される、放課後に残される。先生に怒られる夢を読んだ古い書物はありません。心理学では、試験の夢と同じ仲間として読まれます。最後の通知表から何十年たっても、評価されている感覚だけは夢に残るのです。まじめな人ほど見やすく、大人の生活が採点されているように感じる時期に増えます。夢の中の先生がほとんど覚えていない人であることも多く、その人物は特定の誰かではなく、教室とその評価を表していると考えられます。いちばん近い夢については試験の夢もどうぞ。
知らない人に怒られる夢の意味は?
店の人、通りすがりの人。怒る理由もないはずの人が、なぜか怒鳴っている。知らない人に怒られる夢を読んだ書物はありません。『夢判斷實驗書』には逆の場面があり、「○知らざる人を罵るとみれば他人に欺かれ又侮らるゝの兆」と書かれています。ユングの読みでは、夢の中の見知らぬ人は、まだ自分のものと認めていない自分の一部です。怒鳴ってくる知らない人は、言い返しやすい顔をまとった、自分自身のいちばん厳しい評価なのかもしれません。
自分が怒る側だったとき
自分が怒る夢の意味は?
怒鳴っているのは自分。ふだんなら声を荒げることのない相手に向かってです。『夢判斷實驗書』は「○人を叱り罵るとみれば驚き怒り疑ふこと起るの兆」と書き、『夢判斷』も人を大声で叱りつける夢について「此夢驚き怒り疑ふ事起る前兆なり」と、ほぼ同じ言葉で読みました。ミラーの夢事典はもっと暗く、怒りの夢を大きな試練と絆の断絶のしるしとしています。心理学では、夢の中の怒りは、昼間は穏やかに抑えている怒りだと読まれます。夢の中の相手に向けた怒りであることは少なく、昼間には怒鳴れない誰か、何かへの怒りであることが多いのです。
怒られて言い返す夢の意味は?
今度は言葉が出てくる。言い返せる。『夢判斷實驗書』は「○我身人と罵り合ふとみれば吉」と書き、「○人と罵り合ふに仲裁するものありとみれば吉」とも読みました。『周公解夢』も、人と罵り合う夢を吉としています。心理学では、境界線を引き直す夢と読まれます。この夢から覚めた人の多くは、眠る前より少し軽くなっています。
自分で自分を叱る夢の意味は?
怒鳴る側も怒鳴られる側も自分、という珍しい夢です。ここでは明治の二冊が意外にやさしく、『夢判斷實驗書』は「○我身自ら我れを罵るとみれば吉」とし、『夢判斷』は「我身自ら我を怒鳴る夢は大に佳兆なり」と書きました。心理学でも、似たように言えるかもしれません。自分への批判が表に出てきて、聞き取り、言い返せる場所に来たのです。
心理学では、怒られる夢をどう読むのか
心理学では、怒られる夢はよく、内なる批判者が顔を得た夢として読まれます。怒鳴る人物は親、先生、上司と、暮らしの中から借りてきますが、言っている中身はほとんどの場合、本人自身の評価です。だからこそ怒られる夢は、理不尽なのにどこか身に覚えがある、という不思議な感触を残します。声は他人のものでも、基準は自分のものなのです。
試験の夢と同じように、怒られる夢で大事なのは罪状ではなく、裁かれている感覚です。目が覚めると、何を怒られていたのかは思い出せず、顔の熱さと出てこなかった言葉だけを覚えている、という人は少なくありません。怒られる夢は、評価の時期、新しい責任、自分がいつも少し悪いような気がする人間関係のまわりに集まります。そして、昼間の仕事が片づいたとき、謝るべきことを謝ったとき、無理な基準を見直したときに、静かに遠のいていくことが多い夢です。
注目したいのは、夢の中の自分の返事です。黙って立っている夢は、その評価を疑わずに背負っているときに見やすく、言い返す夢や、夢の中で「これは理不尽だ」と気づく夢は、それを下ろす日が近いことを示していることが多いのです。怒られるうえにいつも遅刻している夢なら、遅刻する夢もどうぞ。
心に留めておきたい問い
いちばん厳しい自分への批判は、誰の声を借りているでしょうか。その口調で、ほかの誰かに言われたら受け入れますか。
明治の夢判断書は、目上の人に罵られる夢を一時の風邪と読み、帝王に罵られる夢を出世と読みました。けれど、夢で怒鳴ってくるのがいつも最初の上司である理由や、新しいことを始めるたびにこの夢が戻ってくる理由は、古い書物には書かれていません。手がかりは、あなたの夢そのものにあります。夢の意味を読むこと自体に迷いがあるなら、夢占いはやめたほうがいい?にも正直な答えを書きました。Dreamlockは、iPhone向けのプライベートな夢日記アプリで、App Storeで配信中です。吹き込んだ夢を、古い書物の読み、心理学の見方、ひとつの問いから読み解きます。未来を占うことはしません。